東谷神楽保存会

本神楽は、もともと神職のみで奉納されていたものであるが、諸般の事情で氏子が受け継いだ。当時の関係者は、神主歌彦、下瀬村次郎、下瀬嘉八、瀬良徳衛門、柳木節吉、井上栄次郎、原田源吉などで、下瀬持次郎を団長として活動していた。その後、明治33年(1900)に至り、新たに阿部牧之助、末広吉之進、西村新一、兼広折之助、佐伯源一、広兼正吉などに受け継がれてきた。
  その後、昭和45年(1970)に一旦途絶える。高度成長期になり、人口の流出や若者の価値観の相違で継承する人がいなくなったのが原因である。やがて、平成11年に復活(6人ぐらいから開始)した。衣装や道具などは古いものも残っていたが、随時新しいものと更新してきた。始めは笛、太鼓のみでささやかに練習を行っていたが、ようやく本格的な練習に取り組みだした。

 現在、氏神様の大元神社での奉納、サンチャロウ、山代神楽共演大会など様々な活動を展開している。

山代地方に残る神楽の中で唯一、神舞系の様式を強く残している。かつて西畑地区中心部にある大元神社において神職によって奉納されていたが、明治以降、氏子によって舞われるようになり、神社の名前から大元神楽と呼ばれていた。